日本船舶海洋工学会 関西支部 海友フォーラム K シ ニ ア
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輸 出 車 両 四 方 山 話
10月6日に 海友フォ−ラムで PowerPoint を使って説明した内容を 一部削除の上 解説しました。

2009年11月22日  小野靖彦



1.鉄道車両は何輪車か

 お遊びで川重製品に何輪車があるかを調べました。 まず一輪は無理矢理LNG船。 二輪のNinjaシリ−ズは1,400ccから250ccまで各種。 三輪は今販売されていないATV(All Terrain Vehicle)。 四輪はATVとMule(Utility Vehicle)。 Muleの語源はラバで、作業用。

 五輪は対潜哨戒機P-2Jで、総飛行時間61万時間を無事故で1995年に退役。 六輪は次期固定翼哨戒機XP-1。 昨年試作1号機を海上自衛隊に納入。 八輪はJR東海の700系新幹線。鉄道車両のほとんどが八輪車であることは皆さんよくご承知のことです。 十六輪はJR貨物のEH500型電気機関車。 「ECO-POWER金太郎」と称し主として首都圏と北海道を結ぶ路線を走行し三電源対応。

 最後の二十二輪はC62蒸気機関車で、シロクニと呼ばれ往時は国内最強最速で、「つばめ」や「はと」の未電化区間を牽引。


2.台車(bogie)は鉄道車両の命

 乗客の目は引きませんが、台車は鉄道車両の命です。 JR西日本の500系新幹線のボルスタレス台車は現状ではもっとも高い性能を持つ台車の一つです。

 NYCT(New York City Transit)向けR62型は1965年までに325両納入しました。 車体はステンレス鋼製で軽量化と落書きのない新型車両として市民に好評を博しました。 しかし台車は戦前から伝統的な形式の鋳鋼製でした。

 1999〜2004年に納入したR142A型600両では台車は鋼板製溶接構造・空気バネ車体直結式・軸はり式軸箱支持の新型を提案し、300万回の疲労試験も経て採用されました。 台車の性能向上に加えて重量が20% 軽減され、NYCTと川崎の双方に利益となりました。


3.衝突試験

 鉄道車両では米国と日本で安全に対する考え方が少々異なります。 米国では「事故は起こりうる」として、「被害を減らす」対策を考えます。 日本では「事故は起こしてはならない」と考えます。 どちらが正しいとも云えず、結果は似たようなことになるのでしょう。

 前述のNYCT向けR142A型では、米国らしい、とは言え米国でも例のない実物大1両分の衝突試験を米国コロラド州プエブロ市の運輸技術センタ−で行いました。 L:15.6m、B:2.6m、H:3.6m、重量:33t、SUS301製車体の実物をコンクリ−ト壁に衝突させたのです。

 衝突吸収エネルギ−1.02MJ(=運動エネルギ−)とするため0.86%の下り勾配レ−ルを約500m走行させ、時速27kmを得ました。 衝突終了時の全体および車両前端部構造の変形は計画通りで、解析結果と整合し、衝突エネルギ−を前端の台枠で吸収し乗客と運転手の区画を守るという目的を達成、衝突試験は成功しました。

 前端台枠の静的圧縮試験や材料の高速引張試験を行い解析結果との整合性を確認するなど事前の周到な準備が功を奏したのです。 万一衝突試験に失敗すればたちまち工程が数か月遅れるのは確実で関係者の緊張は大変なものでした。
<衝突試験動画>

mpg ファイル、 24秒

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4.MTA高速車両におけるyawing

 MTA(Maryland Transit Administration)向け二階建て客車 MARCV50両を1999年に納入しました。L:26m、B:3.0m、H:4.7m、W:61.2tで構体はSUS301、ワシントンのUnion Stationと周辺の州を結ぶ通勤路線です。

 1999年4月本線走行試験時に仕様の最高速度135mphどころか120mphで車体の持続的yawingが発生しました。 左右振動加速度でFRA(Federal Railroad Administration)の規定0.3Gを上回る0.4Gを記録したのです。 プエブロで最高速度での走行試験で安全性を確認していたにもかかわらずです。

 車体・台車の性能とレ−ルの高低狂い・水準狂い・通り狂い・軌間狂いが鉄道車両の乗り心地を左右し最悪の場合脱線にもつながります。 車両にもrolling、pitching、yawingがあり、前後振動、左右振動、上下振動があります。

 情報収集の結果プエブロとの違いはレ−ルにあることが分かりました。 走行試験のPenn LineはAmtrakがレ−ルを保有しています。

 高速鉄道の軌間公差を示します。 軌間のほか水準、高低、通り、平面性にも規定がありますが省略します。

米国  AMTRK
      軌間 1,435mm  公差 +19.1mm
日本  新幹線
      軌間 1,435mm  公差 +6mm
ドイツ ICE
      軌間 1,435mm  公差 +10mm
 AMTRAKの公差ではyawingが発生することがシミュレ−ションによる解析でも明らかになりました。
 MARCVはボルスタ付き台車を使用し、側受摺板の摩擦で振動を制御しています。
 振動防止対策には側受摩擦、左右動ダンパ、ヨ−ダンパ追加などが考えられましたが、色々な対策の組合せで本線走行試験をし、もっとも効果的かつ経済的な対策として側受の摩擦係数を上げることを選択しました。

 すなわち現車で摩擦係数0.12だったのを0.18以上にすれば振動を防止できると判断し、摩擦係数0.20を期待できる材料を選定しました。
 公式本線走行試験の結果135mphでも持続的yawingなしで走行できることを確認でき、FRAの新規定に最初に合格した車両となったのです。
 この難題が解決し、2000年2月には Union Stationで知事と上院議員も出席し盛大な祝賀行事が行われました。


5.LIRR二階建て客車片持ちシ−ト

 LIRR(Long Island Rail Road)二階建て客車は1997年から1999年に134両納入しました。 L:26m、B:4.7m、H:4.4m、W:71t、構体はSUS301、New YorkのPenn Stationを起点としLong Islandに路線網を持ちます。

 片持ちシ−ト が際だった特徴です。
    ・2人掛けの片持ちシ−ト
    ・2人座り通路に乗客という想定で、肘掛けに226kg(垂直)、取手に136kgをかけ、
     最先端でのタワミが12mm以内
    ・走行時の共振を避けるために、シ−トの共振周波数が車体周波数の1.4倍以上
    ・シ−ト取付用の脚台をなくし、側構体に直接片持ち取付

 この形式は床の掃除がし易く、乗客の足もとがすっきりし荷物も置きやすいという利点の反面、側構体の補強やシ−トの調達に苦労しました。 一時が万事と言うべきか、MBTAやMTA向けと比較し1両当たりの重量が1.2倍、構体部品点数2倍など物量が非常に大きくコスト高となりました。


6.LTA向けC751B形電車の車内風景と非常扉
 SingaporeのLTA(Land Transport Authority)向けに 2,000年から2001年にかけてC751B車両を川重が66両、日本車輌が60両納入しました。

 車内のピラ−とストラップにご注目ください。 他人が側に寄るのがいやなのだとか、ちょっと変わっていますね。

 非常脱出扉も特徴があります。 スライドもできるしスロ−プにもなります。
 
以上

 1998年から2000年にかけて2年間、船舶・車両事業本部長を兼ねていた当時、印象に残った技術的課題を取り上げました。

 PowerPointスライドと手元資料は川重車両カンパニ−奥保政技術本部長にお世話になりました。 また、発表当日は現地事情等に詳しい堺由輝さんに解説を支援して頂きました。 お二人にお礼申し上げます。