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CO2削減と地球温暖化 PARTⅡ 「国益からみたCO2削減と地球温暖化」

第10回海友フォーラム懇談会(2010.4.23 神戸パトリシア会館)にて発表
津垣 昌一郎

1. はじめに

 咋年11月コペンハーゲンで行われたCOP15*の交渉の不調や、相次ぐIPCC*のレポートに対する疑念などにより、諸外国では地球温暖化に関する熱狂的な状況から冷静な議論に移行しつつある状況がうかがえる。 さらにこのたびのギリシャ財政危機により、EUは地球温暖化どころではないかも知れない。

 この状況で日本のみが相も変わらずこれまでの熱気で進んでいるようにみえる。 しかしながら冷静に考えれば、日本にとってこれ以上の削減は、国および国民への負担は重く、また地球温暖化に対しては、焼け石に水の感がある。

 現実に、京都議定書の削減義務達成のため、日本は国富を投入しロシアなどから、5年間で約1兆円の排出権クレジットの購入を進行中である。
 また最近、日本が最も危惧していた「京都議定書」の延長案がEUより提案された。 日本はこれを拒否する意向であるが、日本をとりまく状況は厳しくなりつつある。 

 最近、H22.3.12に「2020年までに温室効果ガスを25%削減」の目標を明記した「地球温暖化対策基本法案」が閣議決定された。 経済界からの反発が残る内容も盛り込まれ、今後議論が続くと予想される。
 ただし、この「25%削減」には、全主要国が、公平で実効性のある国際枠組みや意欲的な目標などに合意した場合との前提条件がついている。

(*注)
 COP15 (United Nations Framework Convention on Climate Change,Conference of the Parties) とは、国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議。咋年11月コペンハーゲンで開催された。

 IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change) とは「気候変動に関する政府間パネル」(国連機関)で2007年に第4次評価報告書が発行されている。また環境省からこれの統合報告書の概要(日本文)が発行されている。
 IEA (International Energy Agency) (国際エネルギー機関) とは加盟国約30の政府間組織。 エネルギー確保や気候変動も含む環境問題など。 「World Energy Outlook 2009」を発行している。



2. CO2による地球温暖化の共通認識

 現在の一般的な「CO2による地球温暖化」の共通認識を整理すると、次のようになるのではないかと思われる。 (IPCC*やIEA*の資料などによる)

  産業革命以前と比較して、+2℃を気温上昇のボーダーラインとする。 (約2℃上昇までがグリーンランドの氷床の維持が可能な限界といわれている)

  +2℃付近に気温上昇を抑えるためには、大気の温室効果ガス濃度を450ppm程度に維持することが必要である。

  450ppm程度に維持するには、2050年にはCO2の排出量を1990年の50~85%削減する必要がある。 そのための一里塚として、中間目標を2020年に1990年の20~25%削減することとする。 
(日本やEUのシナリオ)



3. 京都議定書と京都メカニズム

 1997年12月に京都でCOP3が開催され、先進諸国間で、地球温暖化防止に向けた2000年以降の国際的枠組みに関する合意が「京都議定書」として成立した。 これは、先進国が温室効果ガス排出量について制限を負い、数値目標が明記されていることで、画期的なことといわれている。

 しかしながら日本にとっては「京都議定書」は「不平等条約の典型」(2010.1.12読売新聞社説)と言われている。 (EUが極端に有利な配分を受け、反対に日本の目標達成のための限界削減費用(CO2 1トン削減するための費用)が、先進国中で最高になっていること)

 議定書では、主として先進国35ヶ国(中国、インドは含まず)の温室効果ガス削減目標を決定すると同時に、各国との協力により目標を達成するための「京都メカニズム」が規定された。 さらに2001年10月にモロッコのマラケシュで開催されたCOP7では、「京都議定書」の運用細則(含む罰則)を定めたマラケシュ合意が決定された。 そして55ヶ国の批准などを経て2005年2月に発効にいたった。 (アメリカは批准していない)(発効の時点で批准国全体の排出量は55%)

 なお、「京都議定書」には、国際海運および国際航空は対象外となっており、それぞれ国連機関のIMOおよびICAOで削減対策を検討することとされている。
 先進国は、全体としてCO2など6種類の温室効果ガスの排出量を、1990年(基準年)水準に比べて、2008年~2012年の5年間に5.2%削減するという拘束力をもつ数値目標を設けた。 主な国別削減目標は、EU8%、アメリカ7%、日本6%である。 なお、数値目標の達成には、吸収源として森林などの分を差し引いてよい。 (上記のようにアメリカは批准していないので拘束なし)

 各国により削減コストが大幅に異なることが議論となり、これに対する公平性を確保する措置として「京都メカニズム」という柔軟性措置がとられることになった。
 これは、先進国間の排出権取引(ET)や共同実施(JI)、および先進国と開発途上国が協力するクリーン開発メカニズム(CDM)がある。

 上記のように、日本は1990年比で2008年~2012年の5年間に6%削減せねばならない。 政府が2008年に出した「改定京都議定書目標達成計画」によれば、達成可能としているがこれにはカラクリがあり、森林吸収分(3.8%)と政府の海外の排出枠クレジット購入で5.4%を充当するため、実際は0.6%削減を目標にしている。

■「京都議定書のフォーローアップ」 

 排出量は2007年は+8.7%であったが、第一約束期間初年度の2008年は後半以降の急激な景気後退により減少し+1.9%となった。 したがって、2008年は目標より2.5%(0.6+1.9)削減量が不足していた計算になり、今後さらなる削減が求められる。 (2008年は電力業界が自主目標達成のため海外から購入していた約6,400万トンの排出枠を政府に提供することで、2.5%の穴埋めをすることでメドがついた)。

 結局は、京都議定書の削減義務達成のための相当分を、海外より排出枠クレジットを税金および民間資金で購入することになり、国民の汗と油の財貨を費消することとなる。 この購入額は、5年間で、約1兆円になると試算されている(すでに電力業界でCO2 6,400万トン、鉄鋼業界で2,800万トン、金額にして計約2,000億円を購入している)。
 一方新聞記事によれば、ウクライナ政府は日本を含む他国に売却した排出枠代金260億円を不正に使用した疑いがあると報じている。 なお、鳩山宣言による2020年までに1990年比25%削減については、購入額は5年間で2兆~4兆円と試算されている。


4. CO2 25%削減は有意義か

 鳩山首相は地球温暖化防止のため、中期目標として日本の温室効果ガス(主としてCO2 )の排出量を、2020年までに1990年比で25%削減すると国際社会に宣言した。
 これは、EUが「2100年に産業革命以来の温度上昇を2度以下に抑えるとの理念のもとに、2020年に1990年比20%減を目標に掲げている」ことを念頭においての発言であろう。

 この25%削減がどのような意義があるのか、また日本にどのような影響があるかを考察してみる。 (Fig.1 日本の省エネの成果参照)

京都議定書
(1990基準)

中期目標
(1990換算)
(RITE資料)
CO2排出量(%)
(総量271 t)
(2005環境省)
GDP(兆ドル)
(2008年IMF)

排出量/GDP
指数

限界削減費用
($/tCO2)
(RITE資料)
発電CO2排出
原単位
(kg/kWh)
日本 ▲6% ▲25% 4.5 4.9 0.9 476 0.39
アメリカ (▲7%) ▲3% 21.4 14.2 1.5 60 0.56
中国 ナシ +344~373% 18.8 4.4 4.3 0~3  
ロシア 0% ▲20~25% 5.7 1.7 3.4 0  
インド ナシ +344~373% 4.2 1.2 3.5    
ドイツ ▲21%   3 0.8 0.8   0.54
フランス 0%   2.9 1 1   0.08
EU ▲8% ▲20~30% 12     48~135  
Fig..1 日本の省エネの成果

 IPCCの第4次報告書によれば、産業革命(約18~19世紀)より1975年までの温度上昇は約1度であるため、EUの理念・目標では2100年の時点で1975年以降の温度上昇を1度以下に抑えたいということになる。

 一方、IPCCのシミュレーションによれば、1975年から2100年の温度上昇は3℃(+2℃~+6℃)である。 すなわち、EUの理念・目標達成よりも2℃高くなることとなる。 そのためEUは、2℃上昇を打ち消すのに見合うCO2 20%削減を打ち出してきた。

 一方、各国のCO2排出量は(2005年・環境省)、アメリカ21.4% 中国18.8% ロシア5.7% 日本4.5% インド4.2% ドイツ3.0% フランス2.9%である。 日本の排出量の世界における割合が4.5%であるため、もし20%削減したとして温度上昇への影響は、ざっと比例計算すれば2℃×0.045=0.09℃(約0.1℃)となり極めてわずかである。

 また、各国の国民総生産(GDP)(2008年・IMF・兆ドル)は、アメリカ14.2 中国4.4 ロシア1.7 日本4.9 インド1.2 ドイツ3.7 フランス2.9であるが、各国の経済産業活動に対するCO2排出量の目安として、各国のCO2排出量とGDPの比を計算してみると、指数として、アメリカ1.50 中国4.27 日本0.92 ロシア3.39 インド3.47 ドイツ0.82 フランス1.01 となる。 これを見ると、日本にくらべ中国、ロシア、インドはずばぬけて数字が大きく省エネが遅れていることが判る、アメリカも大きく1.5倍である。 また、ドイツ フランスは日本と同等であり省エネが進んでいる。

 また、限界削減費用(CO2 1トンを削減するのに必要な費用)は、アメリカ60$ EU48~135$に対して、日本は476$と突出して高い。 これは日本の省エネのレベルが高く、今後日本のCO2の削減が極めてコストがかることを意味している。
 また、CO2の大きな排出源である発電の指標として、各国の「CO2排出原単位(kg)」(1kWh当たりのCO2排出量)をみると、2006年度でアメリカ0.56 ドイツ0.54 イギリス0.50 日本0.39 カナダ0.19 フランス0.08となっている。 原子力や水力の比率の高いフランスとカナダを別格とすれば日本が一番低く、発電の高能率化が最も進んでいることが分る。


5. 日本の国益と中期目標

上記の検討により、次のことが判明した。これを念頭において考察してみる。

 ① 日本のCO2排出量25%削減による100年後の地球温度抑制への貢献は、約0.1℃である。
 ② 日本の経済産業活動(GDP)に対するCO2排出量は、中国、ロシア、インドに比べ非常に少なく、アメリカに比べても約6割である。
 ③ 日本の1トン当たりのCO2削減費用(限界削減費用)はアメリカの約8倍、EU(EC)の約3.5倍で極めて大きく、日本では高性能で高コストの省エネ技術が使用されていることがわかる。そのため今後の削減には多大の費用が必要となる。
 ④ 発電によるCO2排出量については、日本は高効率発電等により最少レベルにあるが、大きく減らすには原子力の推進が必要である。
 ⑤ 京都議定書および鳩山宣言(1990年比25%減)の達成には、それぞれ5年間で約1兆円および2~4兆円の国富による海外排出権クレジット購入額が想定される。

 中期目標策定について、国策として重要なのは、CO2削減と経済成長の両立、資源・エネルギー問題との両立、技術開発のコストとの両立を考え、実行可能な目標を掲げることである。

 2008年より福田・麻生政権において、有識者の「中期目標検討委員会」が発足に検討が行われた。 その結果に基づき、麻生政権は1990年比7%削減の中期目標を発表した。 (25%削減も検討されたが、採用されなかったのは経済への影響が大きすぎる、国際的に日本の削減が突出するなどが理由である)それにおいてさえ、経済界からは野心的過ぎるとの評価があった。

 2009年の民主党政権発足直後に、鳩山政権は25%削減を発表した。 これを受けて閣僚委員会副大臣級検討チームの下に「タスクフォース」が設置・検討が実施され一か月で中間報告をとりまとめた。 しかしその内容は民主党の期待したものとかけはなれていたこともあり、「タスクフォース」の委員を差し替えて再度試算をすることとなった。 そして新委員による試算をふまえて、3月小沢環境相は2020年までに25%削減でき、しかも経済や雇用にプラスとなると称する「小沢試案」を発表した。

 しかしこの試案については、その根拠について国民が納得する説明がないと言われており、専門家による再検証がぜひ必要であろう。 そもそも国益に関する問題を、自党の考えと異なるからと言って、委員を差し替えて結論を変更させるとは信じがたい暴挙である。

 「小沢試案」以前に、いろいろな試算が行われており、「国民所得は年間13~76万円(月当たり1~6万円)減少する」などが報告されている。 また、25%のうち、技術的に積み増しできるのは15%が限界であり、それ以上は経済活動の縮小、国内森林のガス吸収やロシアなどからの海外排出権クレジット購入(5年間で2~4兆円)が必要との試算もある。 現在「京都議定書」の6%削減においてすら苦労していることから見ても、この25%削減はいずれにしても、国民に多大な負担をかけることが当然予想される。 早急に充分審議をつくした国策を損なわない具体的な施策を策定しなければならない。

 また経済界も、3月12日に閣議決定された「「地球温暖化対策基本法」について、負担増につながるとして、経済同友会は「経済や国民生活への受益と負担について説明不足」また、日本鉄鋼連盟や電気事業連合会など9団体は連名で、「中長期目標や個別施策の具体的な明記に反対していたのに、閣議決定は誠に遺憾」とのコメントをだしている。

 一方、日本が削減する前提として国際的公平性が不可欠で、枠組みにはCO2 排出量が多いのにかかわらず削減義務を負っていないアメリカ、中国、インドの参加が絶対条件である。 「京都議定書」では、削減義務を負っている国の排出量の合計は約30%であり、これでは世界の枠組み条約としての意味がない。 また日本の限界削減費用が突出していることに対する更なる配慮が必要である。(現在の「京都メカニズム」では充分機能してない)

 またロシアは1990年代の経済活動停滞により大量に余っている排出枠に、さらに国内の森林の吸収活動による大量の排出枠が加わることになり、京都議定書の枠組みでは排出量の削減は不要となっている。 そしてさらに日本などに排出枠クレジットを売ることにより利益を得ることになるが、まことに不合理な感じがする。


6. まとめ

 25%CO2削減しても、100年後の地球温度抑制に約0.1℃しか影響を与えない日本としては、その認識のうえで行動しなければならない(削減に血道を上げるのはナンセンス)。 しかし、この問題について世界の後進国の理解を高めるためにも、日本は先進国としての行動は必要であろう (合理的な削減と国際協力)。

 結論としては、日本は今後化石燃料の枯渇にそなえてその使用量を削減するとともに、合理的な省エネや原子力発電化を進め、その結果としてCO2削減も行われるという形が望ましいのではなかろうか。

 すでに日本は世界に比べ厳しいCO2削減を行っており、これからも国益を損する不合理な削減をやる必要は無いし、また削減努力の不充分な国に排出権取引で金員を払うのは不合理である。

 今後は、早急に国益をふまえた具体的な施策を策定し、それに基づき日本の国益を維持しつつ国際交渉を行い、京都議定書の苦い経験を踏まえて、次の枠組みを決めていくことである。 そして日本としては、公平性のある枠組みの合意がどうしても不可能な場合は、国益とのバランスを勘案しハードル(25%)を下げ、粛々と実施すべきである。

 また日本の国力のベースとなるGDPの伸び悩みが大きな問題となっている現時点で、企業の負担を強いる温暖化ガスの削減対策を進めることは、環境税や排出枠の購入などを避けるために企業の海外移転を促進することにもなり、GDPの減少や雇用の減少など国益を損する方向につながることになる。

 また別の視点での日本の戦略として、高い削減率を掲げつつ他国にも実施を求め、日本の高い技術力による環境機器、原子力発電装置や鉄道システムなどの売りこみを推進する(当然有料で)作戦もありうる。 もちろん国を挙げての外交・売り込みが必要であろう。

 今後、地球温暖化問題の推移を見守るとともに、さらに地球的規模の問題として100年単位で考えれば、人口の増加、石油の枯渇、食料問題、エネルギー問題など、重大で喫緊のテーマが、国際間ベースで未対応のまま放置されていることも忘れてはならない。
                                                          以上



(補遺)

本文は2010.4.23に発表されたが、その後の関連したイベントとして次のようなものがある。

1. 政府の25%削減の実施案である「地球温暖化対策基本法」は閣議決定され、5/18に衆議院を通過したが参議院の時間切れで廃案となった。
 8/5読売社説によれば、政府は次の臨時国会に再提出する方針だが、この25%削減目標には産業界などに強い反発がある。アメリカの状況もあり、政府は急がずに国際交渉の動向を見極めつつ、25%削減について再検討すべきであろう。

2. 7/8読売夕刊によれば、政府は「京都議定書」目標達成のための海外よりの排出枠購入は今後中止すると発表した (すでに約1兆円購入すみ)。 今後は国内クレジット制度の活用をはかる。

3. 7/30読売によれば、アメリカ上院は提出するエネルギー法案より「温室ガス17%削減」を削除した。 これは共和党の反対が強く、法案可決のめどが立たないためである。 (この17%削減は2005年比であり、日本の25%削減の基準の1990年比にすれば3%となる)日本も米国の現状を踏まえて、25%目標の再検討を迫られる事態も考えられる。

4. 8/25読売によれば、環境省と経済産業省は1010年度税制改正で、地球温暖化対策税(環境税)の創設を政府税制調査会にそれぞれ要望する。 産業界の懸念を受けて導入に反対していた経産省が方針転換し、環境税を巡る論議は新たな局面を迎える。 企業や消費者の反発は予想され具体案の課題は多い。

5. 8/31読売夕刊によれば、世界の学術団体で組織するインターアカデミーカウンシル(IAC)は、30日,地球温暖化の脅威を指摘した国連IPCCについて、「運営構造の抜本的な改革が必要」とする検証結果を発表した。IPCCは報告書のデータを操作した疑惑などが浮上、国連が検証を依頼していたもの。

                                                          以上


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