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チロル紀行  ノスタルジア  なぜチロル地方を旅したいと思ったのか

         
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ノスタルジア
 なぜチロル地方を旅したいと思ったのか。 あまり的確な理由は思い当たらない。 一種のノスタルジーであろうか。 草原の向こうに屹立する岩山の特徴ある風景は、時折写真で見かけるので、その場に立ってみたいという思いはあった。

 映画「サウンド・オブ・ミュージック」を観たのはもう50年近く前になる。美しい草原は、チロルなのかスイス・アルプスなのか、当時は区別もつかないまま、ただただ美しいと感じた。 しかも当時はまだ貧しく、そんなところに旅することは、考えもしなかったし、この映画が今度のチロル旅行の直接の動機になっているとも思えない。

 更にさかのぼれば、「郷愁」、「春の嵐」や「車輪の下」など、2,3のヘッセの小説を高校生の頃読んだし、そのまた以前、中学生の頃にも、ハイネの「山の彼方の空遠く、幸い住むと人の言う・・・」は、自分では読んだ覚えはいないが、歳の近い叔母に聞かされた覚えはある。 これらのぼんやりした記憶しか、チロルに関連することとしては思い出せない。 これらは、厳密にチロルに関係した事柄かどうかも不確かではあるが、これらの記憶が意識の底に混然とて存在していたことに間違いなく、どこかノスタルジックな気持ちを形作り、チロルへ行ってみたいという気持ちを後押ししたに違いない。

 ノスタルジーとは広辞苑によれば「懐郷病、望郷心、郷愁、・・・」とあるから、行ったことも住んだこともないところにノスタルジアを感じるなんてことは、奇妙なことであるけれど、幼いころに心の片隅に残した記憶は消えることなく染みついているものであることを、最近よく感じることがある。

 むかし、九州大学の渡辺恵弘先生が退官されてのちも、しばらく九州に住んでおられたけれど、後年東京に戻られた。 その際、歳とともに故郷に帰りたくなるものだよとおっしゃっていたと、どなたからか聞いたことがある。もう30年ほど昔のことなのに、その心情が察せられて忘れられない。

 また、私の友人に大の船好きがいる。 何をもってよい船と感じるのか、その客観的基準を大真面目に論じていたが、あまり的を得ているようには思えなかった。 とは言いながら私にも好き嫌いはある。 まるでホテル台船のような大型クルージング船よりも、大西洋航路を突っ走る往時のライナー客船の方が、力強くかっこいいと思う。 最近のF’cleもなくなったカー・キャリアーは不恰好に見えるし、コンテナー船より、三島型の貨物船の方が船らしいと感じる。 このような好みも所詮ノスタルジーのなせる業に違いない。

 誰もが、海外旅行をする時代、わざわざノスタルジーを持ち出すのも、大仰なではあるけれど、最近とみに、人間の心の奥底には、自分でも気づかないノスタルジーが潜んでいること、そしてそれが人の宗教心をも左右するほどの力強いものであることを痛感するためである。
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