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壮大な話である。 アフリカ大陸からホモエレクトウス、ホモサピエンスが世界中に拡散した。 樺太の方から陸続きであった日本にもホモサピエンスが住み着き、日本が大陸から分離したのち、豊かな自然に恵まれた島国として、独特の文化を形成してきた。 「草木国土悉皆成仏」という仏教思想はその代表例であろう。
ヴェネチアはローマ帝国の弱体化と民族移動の圧力を受けて、5世紀後半ころ、アドリア海最奥部のラグーン(干潟)に逃げ込み建設した都市国家であった。 陸から船で攻め込む敵船は、航路標識を抜いて浅瀬に座礁させ侵入を防ぎ、自らは造船所を建設し船を建造、国勢拡大を海洋進出に求める。
7世紀末には自治政府を樹立し、海軍力を強化し、先ずアドリア海東岸ダルマチア地方を制圧し、アドリア海の制海権を確立、内海化した。 その後、強力な海軍力をもって東地中海からエーゲ海、遠くボスポラス海峡から黒海まで通商航路を延ばし、海洋交易で栄えた。
しかし、大航海時代に入り、アラブの商人が地中海に持ち込んだ商品は、直接喜望峰周りで欧州に持ち込まれ17世紀には東インド会社が設立されるに至り、次第に交易の外堀が埋められた。 またレパントの海戦に勝利したとはいえ、オスマントルコの勢力はつよく、抵抗しつつも東地中海の制海権を失う。 ヨーロッパ大陸における混乱は、ナポレオン戦争を引き起こし、それに巻き込まれたヴェネチアは、オーストリアに吸収されることによってその幕を閉じた。
たとえ干潟とはいえ海に囲まれた海洋国ヴェネチアを同じ島国ということで日本に直接対比することは無理があるにしても、日本の興亡の参考にはなる。 日本も自立心を養い独立の気概を養うべしというのが講演者の主張である。
残念ながら、時間不足で、講演は主にヴェネチアの興亡の経緯に費やされ肝心の「今の日本を考える」部分は、ほとんど語られずじまいであったが、引き続く懇談会は、大いに盛り上がった。
約100葉の図表、約100冊の引用文献、28ページの解説文は、このホームページに掲載している。 そこに「今の日本を考える」が記載されている |