kamesen.JPG


書 評

「亀  船」


キム ジェグン 著  桜 井 健 郎 訳



文芸社(2001年5月15日) ISBN4-8355-1601-X



塙  友 雄


紹介

 著者キム・ジェグン氏は1920年生れ、船舶工学専攻、ソウル大学校名誉教授「亀
船研究」の第 一人者で、1999年逝去。 訳者桜井健郎氏は1931年生れ、京都大学
名誉教授である。「亀船」は日本では「亀甲船」と称される。 14−16世紀の「倭
寇」および 16世紀末の豊臣秀吉軍の侵攻を迎撃するために開発された軍船であっ
た。全長40m、幅9m 程度(およそ 1000石船の大きさ)、バトックフロー型の平たい
船首、亀の甲羅のような蓋板で掩われた奇怪な容姿、約150名の乗員は姿を見せず
、20-24本の櫨を動かして敵船団に突入、衝突衝撃、搭載火砲 (50-60門)で相手を
粉砕する。日本水軍はこの「亀甲船」の前に壊滅的大敗を喫した。 訳者は「韓国
科学技術院客員教授」奉職の際、 著者達との交流を通じて「亀甲船の研究」に傾
注するようになり、その謎の解明に携わると同時に原著を翻訳した。 「亀甲船」
の船舶工学的考察に関し大阪大学、高木健氏が助力、 「船体抵抗・速力の推定」
に私が協力した。 本書には「亀甲船」の構造、性能、火力等の全貌のほか、日本
軍襲来の有様、「朝鮮船の歴史」が詳述され、 日本語訳文はわかり易く、「船の
歴史書」「日韓友好書」としても貴重、 関西造船協会員、要必読の書籍と思う。
読書後の感想は次のとおりである。


kamesen2.jpg

kikkousen.jpg

          亀  船         「亀甲船の灯台」河合敏雄氏の写真

shipform.jpg

亀船の船型

midship1.jpg

midship2.jpg

亀船の中央横断面           関船(和船)の中央横断面

感想

1 日本水軍の戦術と「亀甲船」の設計思考
 日本水軍の伝統的戦術は、敵船に接舷し、斬込んで刀で決着をつけることであ
った。「源平合戦」の時代は、櫓手は無防備でも殺されない、闘いは双方の武士
だけが行うと云う習慣があった。これは日本国内だけで通用するもので、日本水
軍は長らくこの「無防備の習慣」から脱却できなかった。太平洋戦争でも軍艦設
計、航空機設計等において、何故か「防御の設計思考」が脱落したのは民族性の
現れかも知れない。一方、朝鮮では古来、騎馬民族に苦しめられ、戦争の主要武
器は弓矢(狩猟民族の最良の武器)を得意とし、刀は苦手、攻撃力と同等に防御
力を重要視するのが常識であった。まず自軍の損害を最小限に止め、次ぎに敵軍
の損害を大きくするために飛道具(常に新兵器を考案)を使った。なお、これは
現在でも変らない、軍事に関する「世界の常識」である。遮二無二斬込む日本水
軍はこの常識に欠けていた。一方、「亀甲船」の設計思考は「波のない岸辺の水
上戦用(耐波の要なし)、自船の上部に頑丈な天蓋を設け、蓋板上には刀の刃
を林立させて相手を船内に踏込ませない(自軍損害皆無)。 操縦性良好、板厚100
mmの頑丈な船体、武器は撞破力と新開発の火砲」正に合理的で完璧である。日本
水軍には考えられない「発想」であった。

2 国柄による船型の差異。
 和船は太古の「刳り船」から進化した構造船で、日本海、玄海灘、東シナ海を
渡るため、伝統的に頑丈な方形船首材を持ち、船首の尖った耐航性の良い細長船
型であった。 NHK「北条時宗」のTV放送の中でも「(日本の船は)波を突き切っ
て進む」と云うセリフがあったと覚えている。一方、朝鮮の船も和船と同様に「
刳り船」から変化した構造船ながら、和船とは対象的に浅喫水沿岸用の船であっ
た。耐波の必要皆無で工作容易な船首材を持つ幅広型が造られた。このように、
それぞれが自己の用途に適するように分科したのであろう。一方、中国の船は元
来、河川用として発想されたもの、耐航性に乏しく、船首材はやはり板張式が採
用されている。「元寇の役」で使用された「元、高麗連合軍」の軍船は大型なが
ら、耐航性に弱く、台風に耐えられなかったのは、上記のような各国それぞれの
国柄による船型の差異が、種々影響を及ぼしたのではなかろうか。

3 亀船と関船(和船)、中央断面の比較 (付図参照)
 亀船は船底外板、船側外板が厚く(約100mm厚)、加竜木(和船では船梁と云う )
が各外板毎に取付けられて頑丈、船体縦強度、横強度共に強い。Cm (中央横断面
係数)が大きく、排水量が大。 これに対し、関船(和船)は船底外販、船側外板共
に薄く( 約50mm厚)、船側外板は3枚の広い板からなり船梁(フナバリ)の数が少な
く構造が華奢で、船体横強度が弱い。Cm(中央横断面係数)が小さく、軽排水量の
高速船型で亀船に衝突されると撞破られる危険があった。

4 亀船の抵抗性能 (付図参照)
和船の「やせ型高速船型」に対し、亀船は「低速肥大船型」であった。約 6ノッ
ト以下(フルード数Fn<0.20)の船速では船体抵抗が少ない。 船体堅牢、重武装、
排水量が大きいので、このような船型になったのであろう。「櫓」により6 ノッ
ト近くの速力を出すことが可能で、これは、静水域で相手船団に突入するに充分
な速力であったろう。 船型はバトックフローのバージ型、 船体周りの流れはス
ムースであったと思われる。流れの船体入射角は大きいが、船体ランアングルが
小さく、船型学的に優れていたと見受けられる。また、船尾には双スケグが付き
、大型舵が取付けられ、保針性、操縦性が良好であったと推定される。驚くべき
ことは、 このように理に適った船が、今から400年の昔に建造されていたと云う
ことである。

討論
1 送信者:"塙 友雄"
件名 : [K-Senior:02623] 書評「亀甲船」
日時 : 2001年5月23日 10:44


塙です。
3年程以前ですが。阪大、高木健さんから「京大名誉教授の桜井さんと云う方が、
16世紀の朝鮮の軍船「亀甲船」の造船工学的考察について、いろいろと問い合わせ
をしてこられる。その中で「船体抵抗と速力の推定」の項目があり協力して欲しい..」
との依頼あり、引き受けました。その桜井さんが最近、「亀船」と題する、キムジェグン氏
(ソウル大学名誉教授、亀甲船研究の第一人者)の原著を翻訳出版され、私もその一冊
の贈呈を受けました。読んでみるとたいそう面白く、いろいろと知識がえられます。
高木氏と話し合い、関西造船協会誌、「らん」7月号の「海洋文学への誘い」に書評を
寄せることにしました。そう云う訳でK-Seniorにもそれを投稿します。


2 送信者: "TosioKawai"
件名 : [K-S:02624] Re: [K-S:02623] 書評「亀甲船」
日時 : 2001年5月25日 23:31

> 「亀船」と題する、キムジェグン氏(ソウル大学名誉教授、亀甲船研究の第一
> 人者)の原著を翻訳出版され、私もその一冊の贈呈を受けました。読んでみ
> るとたいそう面白く、いろいろと知識がえられます。高木氏と話し合い、関西
> 造船協会誌、「らん」7月号の「海洋文学への誘い」に書評を寄せることにしま
> した。そう云う訳でK-Seniorにもそれを投稿します。

久しぶりに亀甲船の話が出てきて懐かしい思いです。
昔は学術的な裏付けなどは殆ど考えていませんでした。
25年以上前、韓国駐在中に入手した亀甲船に関する観光案内書を段ボールから
出してみました。
秀吉海軍を撃破した亀甲船の開発を指揮し、海戦の司令官であった忠武公は今
でも韓国の第一級の英雄で、忠武公を祭った大きな寺院もあり、あちこちに銅像も
あります。
特に、添付の写真のように、設計図に基づいたと言われている、海上灯台の基礎も
ありました。
亀甲船には鋼(鉄?)板製の屋根が全船を覆ってアーマーの役をしており、鋼
材を使った軍艦の分野では、韓国は日本の遙か先を行っていたと、韓国では一
般に云われています。
日本に対するコンプレックス?をはね除ける代表的なお話しで、韓国政府も、
教育などを含め大いに利用していたようです。
********************************
  ♪     河合  敏雄  ♪  (^o^)
             

1 送信者: "Kawase "
件名 : [K-S:02633] RE: [K-S:02623] 書評「亀甲船」
日時 : 2001年6月4日 19:08

川瀬です。
「亀船」を手に致しました。
日本では、このような歴史的な船を取り上げた本格的な解析は、北前船の再建造
までは、少なかった様に思えます。

なを、昭和4年9月に日本造船協会から、「日本古代船舶研究第六冊第四部皮船
第二編 亀甲」として、西村真次著とした本があります。
内容は英文で日本の古代の船の一つとして紹介しています。
英文名は「THE KAME-NO-SE」 or (TURTLE SHELL)です。
内容は、西村さんは、歴史学者ですから、単なる亀の船の紹介で、技術的な解析は
していません。
日本にも亀の船に似たような海賊船を村上水軍に有ったとして、絵図だけを紹介して
います。
今月中旬に海事史学会の例会がありますので、会員の中に、亀船の資料を集めて
いる人がいるか、聞いてみます。
新しい事が判りましたら、報告します。 以上