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チロル紀行  旅の概要  その1 (インスブルク)
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<インスブルク>
 ミュンヘン発13.31のEC89は、時間が来ると発車ベルもなく静かに動き出す。 スマートな電車スタイルの列車ではなく、重量級のコンパートメント客車を機関車が長々と引っ張る昔ながらの列車は、それほど速力を上げることもなく一定速度で、西南方向へ向きを変えながら走る。 モーターやコンプレッサー音のない静かさが懐かしく、車両は古臭くてもなかなかいいものだと思う。

 コンパートにはロシアを早朝に出てきたばかりというロシア人の若者と乗り合わせた。 沿線のある会社に納めたコンピュータソフトのメンテナンスのための出張だという。 友人に、ロシアの庶民ほどの善人はいないと主張する男がいる。 官僚や政治家、警官など権力をもつロシア人は大嫌いだが、庶民の人の好さは底抜けだと彼は賞賛する。 同乗したエンジニアーもそれをほうふつとさせる。

 いろいろ日本のことを聞いてくるが、相手を疑わず、人と人の間に隔てを作らない態度が、自然でおおらかで、なるほどと思う。 高校生の頃愛読したツルゲーネフの「猟人日記」に出てくる純朴でペシミスチックな農民の時代は遠く去ったけれど、その気質は、まだ生き続けているように思った。

 さて、列車は、山間部に差し掛かる。ミュンヘンまでの広々とした平原は姿を消し、まるで魔女でも出てきそうな奇妙な姿の岩峰が、左舷遠方に見えてくる。
 そのうちに右手にも同じような西日に乳白色に染まる岩山が、緑の牧草地帯や樹林帯からニョキッと生えるように聳え、それが連なっているのだ。

Innsbruck ホテルの窓から
 なるほどこれがチロルの山か!と飽かず眺めているうちにインスブルク到着である。 2時間かからない。

駅構内の観光案内所で、Innsbruckカード(72hours)を購入した。 ロープウェイやバスを使うときに大変便利であるし、安くつく。

 駅中にはスーパーもあり、夕食品を調達。 カード使用開始時間は自分で勝手に記入すればよい。 明日から使うことにして、タクシーで予約したホテルに向かう。

 どうも、ここもミュンヘンも異様に蒸し暑い。 にもかかわらずホテルには冷房がない。 ホテルの窓から3000m級の堂々とした高山が見える。

目抜き通りとNordketteの峰々
 ホテルの裏口を出るとすぐにバス停がある。 右側通行の国では毎度反対側のバス停に足が向き慌てる。 結構頻繁にバスは来る。

 何番のバスに乗っても中央駅に行く。 バスの路線図はもらったし、市街マップももらってあるが、デフォルメされているから、距離感がつかめない。 中央駅に行ってから次の行き先を考えることにする。

 市内循環観光バスがあったので、まずはそれに乗って1周。 お城に寄ったりして約2時間。

 北に屏風のようなNordkette連山、東南には、なだらかなPatscherkofelが迫る。
 この両山は、来る前からの目的であった。例のGolden Roofが旧市街の観光スポットの中心である。
 この辺りにはひときわ観光客が多い。Golden Roofから直角に大通りが伸びている。これがメインストリートで、両側に路地がたくさんあり、路上Cafeは賑わっている。そのようなCafeの一つに座ってメニューを見れば、そこは寿司屋であった。周囲を見わたせば、外人さんが確かに寿司らしきものを食べている。何もヨーロッパの真ん中で寿司を食うこともないと、退散。
 ホテルで教えてもらった、スポーツ用品屋でtrekking stockを購入。こちらならLEKIは安く買えるかと期待したが、100ユーロ以上のものばかり。その横にあった特売品(イタリア製、24ユーロ)を購入する。またどこに置き忘れるかもしてない(実は昨年イギリスでバスの中に置き忘れ、気づいた時には列車の中、取りに戻るのはあきらめ、安ものを現地で購入した経験がある) 普段使いに不足はないし、これで十分である。持参のイギリス製は、たぶん子供用だろう私には少し短かったので、家内に譲る。
昨日まで蒸し暑かったはずだ。とうとう雨が降り始めた。周囲の山はガスの中。実は、1日目は市中を見物し、地図やstockを調達、1日はNordketteハイキングに、1日は、Patscherkofelハイキングにあてる予定であった。山歩きが目玉であったのだが、この雨では仕方がない。10時ころまでホテルに閉じこもっていたが、とうとう、大降りでもないので動物園に出かけることにした。私たち夫婦はともに動物園が大好きである。動物園の広さや豪華さ、珍獣の多さを必ずしも求めない。植物園も好きである。教会や古城、博物館、美術館よりも好きかもしれない。ロンドン動物園には何十年か前に出張の合間の週末に行った。その時は、さすがと感じたが、予算不足とともに動物貸出し中の檻が増え始め、次第に寂れて3回目に行ったのが最後になっている。それでもヨーロッパの中都市以上には、動物園は残っており、それぞれの動物園には雰囲気の違いがあって面白い。見知らぬ異国の街の動物園の門をくぐると、まるで子供のようなトキメキ覚えるのだ。
こんなところに動物園があるのかと思えるような、市内北側の山腹の斜面にある。雨というのに数組の来園者がある。私たちと同じような酔狂ものがどこにでもいるものだ。2時間足らず回り、雨で冷えた体を熱いスープで温めて、また同じバスで市中に戻り、旧市街を散歩して午後3時ころにはホテルに戻る。
夜8時、Tiroler Abentという出し物の見物に出かける。迎えの車に乗って会場へ向かう。観光案内所で券を購入しておいた。やや郊外に出たところに平屋の建物あり、観光バスが何台もついている。平日なのに大盛況である。ぎっしりホール一杯に敷き詰められたベンチに順次詰め込まれる。その間を大女が飲み物を配って回る。500名は入っていたろうか。舞台の方は、期待したほどではなかった。Gundolf一家が総出で、歌ったり、踊ったり、楽器を奏でたりするのだが、肝心のヨーデル歌いは、年配のおばさん二人(おばーさんの方が上手い)だけで、歌の数も少なくものたりない。チロル衣装に身を固めて賑やかなだけで風情がない。これまでも広場の催し物アトラクションに、ヨーデル唄いが出ているところに行き合わせたことが数回かあったが、それが飾らない地方色丸出しで、とても快く耳に残った覚えがある。今回もそれを期待したのだが、地方情緒のようなものがあまり感じられなかったのだ。観光案内所なら普通こちらが問い合わせれば、それはいいアイディアとばかりニコニコ対応するものなのに、あの時のおじさんは、そんなものに行くのかい?と、やむなく対応するという風であったのではなかったかと、わかったような気がした。

INNSBRUCK イン川の流れ
 滞在予定日は、今日が最後というのに雨は残っている。 天気予報では、午後には陽射しありと回復を予想している。

 とにかく、ホテルを出て天候の回復待ち兼ねて宮廷植物園を訪問。雨上がりに映える緑と大木が気持をのびのびさせる。

 イン川沿いの散歩道をしばらく歩く。 川幅は、そんなに広くないけれど、水量多く滔々と流れる。 雲間も現れ、天候好転の兆しはあるけれど、頂上は、まだまだ雲の中。

 南天の方が回復が早いように見えたので、とにかくPatcherkofel (2248m) のロープウェー乗り場行のバスに乗る。30分ほどの郊外、こんな天候なのに団体さんが来ていて、1台待たされ乗車。
 頂上駅周辺は、予想以上の濃霧、視界40mほど。晴天ならば、絶好のハイキングルートだろうに、30分ほど歩いてはみたが、あきらめて引き返す。

 麓のホテルのロビーに入る。 先客は、誰もいない。 窓際のソファーに座って、朝からバスの中以外は、立ちっぱなしの膝の痛みを癒していると、にこやかに笑顔を浮かべておじさんが給仕にやってくる。 手作りのケーキと紅茶で、昼食替わりとする。

 ここに到着したバスは、戻って市内を横断し、反対側のNordkette行きロープウェー乗り場に向かう。 まだ、山上の雲は厚いけれど、もうチャンスがない。 とにかく行ってみることにして、バスが来たのを見て飛び出す。 ロープウェー乗り場は、Hungerbergという山の中腹900mの住宅街にある。 ここまでは、市内から直接ケーブルカーで登ってくることもできる。 曇ってはいるが、薄明るい。

 ロープウェーは途中Seegrube(1905m)で乗り継ぐ2段階。 斜面の傾斜によって分かれている。 上半のロープウェーは、まるで釣瓶で引き上げられるかのようにほとんどまっすぐ上に岩肌すれすれに上昇する。 残念ながら終点Hafelekar(2256m)も霧の中。 同乗の数組の後について外に出る。 先に出た連中はすぐにレストランに入ったらしい。 うっすらと雪が積もってはいるが、岩を敷き詰めたような道は識別できる。 30分ほど登ると鋼製の十字架のたつHafelkarspitze(2334m)に出る。 周辺の山は何も見えない。

 天候がよければ、Nordkette連山のいくつかのpeakを巡るつもりであったが、それはかなわない。 そのうちにドイツ人の若者が一人登ってきた。 互いに写真を取り合って下山する。 このあたりの山の樹林帯は、1500〜2000mまで。 それ以上は岩山。 日本とは1,000m位の差異がある。
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