−造波抵抗は百年前の昔に較べどれだけ減少したか−
1 タイタニック号資料をみて思いつく
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10年程前、旧 Kシニアでタイタニック号の特集があった。 キャメロン監督の映画タイタニックが流行っていた。
街中の書店にタイタニック関係の書籍が沢山置かれていて、2-3冊買い求めて、上掲(Fig.1)の図面と写真に引付けられた。
船首は典型的U型肋骨線形状、きつい凹入もなく、球状船首はないが、直線的で素直な水線形状、美しいと思った。
ひょっとしたら、現在の船のように低抵抗なのではないかと思った。 |
Fig.1 タイタニック号の船体正面線図と進水直前の写真
ボデイプランから横断面積曲線を作成しようと考えたが面倒なのでやめた。 今回、再びタイタニックの書籍を引っ張り出してみると、竣工時の公試運転の状況や、処女航海時の主機負荷と船速の関係が記載してある。 六分儀と時計で図った航海記録である。
それによると、タイタニックの公試運転では、最高速力テストは実施されなかったようである。 当時は、工事が遅れ、また第二次産業革命の弊害による大衆の生活苦から、大規模な炭坑ストライキが続いていた。 アイルランドの石炭は枯渇し、公試運転の石炭もホワイトライン社の他船から分けて貰ったようであった。 最高速力を出すには26基のボイラーを炊かねばならず、船速が22ノットを越えたところで、計画どおりの成績は達成したとして、試験は打切られた。
Fig.2 タイタニック号 速力−馬力推定
Fig.3.1 計算に用いた基準船A、「やせ型極小造波船型」の水槽試験写真 Cb=0.52 フルード数Fn=0.29
Fig.3.2 計算に用いた基準船B、「中速肥型船型」の水槽試験写真 Cb=0.75 フルード数Fn=0.22
注) 上掲の基準船のデータを物差しに使い、タイタニックその外の諸船の性能の推定計算を行った。
具体的な速力は処女航海において、事故が起きる前に確認された。 処女航海は第1日、クインズタウンでの2.5時間の停泊を除いて、主機70回転(78%MCO)で464マイル、21.6ノット、第2日に主機72回転(85%MCO)で515マイル、21.5ノット(少し回転が高過ぎる)、さらに第3日の24時間に主機75回転(96%MCO)で546マイル、22.75ノットを記録し、第4日23時40分に氷山に衝突した。
4日目は朝から無線による氷山情報が相次いで入電、操舵室は緊急状態にあったのであろう。 正午に行われる六分儀による天測結果が記録されていない。 氷山衝突時の船速は、もしかしたら22ノットを越えていたかも知れない。 タイタニックが残した最高速力は航海3日目の22.75ノット、無理をして速く航走したようであり、乗船中の船会社イズメイ社長が宣伝のため高速力を出すように、スミス船長に圧力をかけたのではないかと云われている。
今回、以上の記録を頼りにタイタニックの航海速力を推定したのが、Fig.2である。図にみられるように、航海速力は32,700馬力(71%MCO)の出力で公称どおり21ノットであったようだ。 因みに公試運転の速力も推定した。 最大速力は23.5ノットだったようである。 航海排水量は文献によると軽荷重量が46,330トン、燃料消費が680トン/日であった。 石炭不足時代、燃料は片航海分積載だった思うので航海排水量を54,500トンと仮定した。
このように、航海時の馬力、速力、排水量が特定されると、割合に容易に摩擦抵抗値・剰余抵抗値を計算できることに気付いた。 まず、航海フルード数、肥痩度がタイタニックに類似した基準船B(Fig.3.2)を選び、その水槽試験資料を基に、主要目をタイタニックと同じにして、速力馬力を計算すると、現在版タイタニックの性能内訳ができあがる。 次に、その剰余抵抗係数に1から2程度までの係数を掛け抵抗が大きくなるように計らい、係数値を順次上げてシミュレーションし、所要馬力がタイタニックと同値になるところで止める。 そうすると、これがタイタニックの性能で、現在版性能と優劣を較べることができる。この計算結果を後述の3、4、5で説明する。
2 航洋船 年代別、L/B値 (船長/幅 比) の変遷
Fig.4 航洋船 年代別、L/B の変遷
(長さ100m以下の船は
内航船とし、除外)
日本では幕末、坂本龍馬の時代、1862年、北アイルランドのベルファストにハーランド・アンド・ウオルフ造船所ができた。 社長であり資本家のハーランドは天才的な技能の持主で、帆船から汽船に移行する時代の流れに乗って、大胆な技術革新を行った。 汽船に不要な、帆走用のバウスプリット、ジブブーム、船首像、策具すべてを取り払い、垂直な船首材を設けた。 木製の上甲板を鉄製にして頑丈な船とし、船体のビルジをボックス型にして積載量を増やし、長いビルジキールを付けて横揺れを防いだ。 L/B=8位の細長船として抵抗を減らし、主機の馬力アップをせずに速力を速めた。
当時、木造帆船も、また建造されていた。 汽船もよいが、やはり、省エネルギーを好む船主もいたのである。 クリッパー船、カテイサーク号の船体寸法は86m(全長)x
11m(幅)である。 L/B=7.5 程度と他の帆船に比し細長に仕立てられている、造波抵抗が未だ明らかにされていない時代であったが、細長くした方が走りやすく、また余り細長過ぎると、造り難く、取扱い難いことが、生活の知恵で、わかっていた 。カテイサークは、優れた抵抗性能により、20ノット(フルード数Fn=0.33)を出したと云われる。 それより速くならなかったのは、造波抵抗の壁にぶつかったからであろう。
話しを元へ戻す。 ハーランド船が出来てからも、L/B=8の船が標準であったが、年代が進むと、L/Bの値は8から、7.5 の方へ、少しずつ下げられた。 Fig.4にその傾向が示されている。 大西洋定期客船航路は国家の威信をかけた各国の速力競争の場であった。 L/B=9.2-8.3の細長船が造られた。
戦艦大和は263m(Loa)x38.9m(B)x10.86m(d)、64,000トン(排水量)、でL/B=6.4と小さく造波抵抗が大きかった。 それは口径46cmの巨砲搭載のためで、発射時の復原性を保つため、大きな幅が必要で、L/Bが小さくなってしまった。 造波抵抗増大を防ぐため、始めて球状船首が付けられた。 水槽試験を頼りに開発されたと思うが、その効果は不明、やはり、他艦より燃料消費が大きく、戦時下の重油不足時代には、大きな燃料消費に苦しんだと聞いている。 当時は造波抵抗に関しては、ミッチェル、ハブロックの論文があるものの、未だ理論研究がなされていない時代であった。
さて、現世代に話しを移す。 Fig.4 のとおり、コンテナ船はL/B=7.0-6.4、PCCはL/B=6.1-5.6、バラ積み船(タンカー、バルク、鉱石、石炭、LNG)はL/B=6.35-5.3 と格段に太短くなった。 造波抵抗理論を応用して抵抗が減ったからこそ、これができたものと思う。 オイルショック以来、コンテナ船も25ノット位まで減速し、また、巨大化し船の長さも大きくなり、航海フルード数は0.23-0.24(中速域)まで落ちた。
高度成長期に、業界・学会あげて取組んだFn=0.28の船型、やせ型高速船型は航洋船としては、造る必要がなくなった。 速く走る代わりに、幅広短小とし、Cbを大きくする、つまり、船価低減、取扱いハンデイ化、積載量を増大化する方へ造波抵抗低減の利得を使うようになった。 ただ、コンテナ船、クルーズ客船は、結構、細長船である。 細長船は客室やコンテナの配置が楽なので、L/B=6.4-7.0と一般船より大き目の値が使われている。
3 タイタニック号と現世代船の比較 (基準船Bのデータ使用)
Table 1 タイタニックと現世代船型 抵抗推進性能 推定計算結果
基準船B (Fig.3.2) を使って、抵抗推進性能を推定し、Table 1に示す。 摩擦抵抗係数はシエンヘル、デルタCF(2次元)の値は関西造船協会、造船設計便覧記載どおりとした。 タイタニックの剰余抵抗係数は、摩擦抵抗係数より大きいが、全抵抗係数は10E-03より低くなり、100年前の船としては、まずまずの性能と思う。 ウイリアムフルードが水槽試験を始めてから40年、かかる短年月間に船型学を築き上げた英国の力は凄いものだと思う。
現世代船に書き直した性能をみると、剰余抵抗が38%減(造波抵抗減少は約50%減と思う)、これが近代設計の成果である。 乾先生が云われる、「船の造波は船首が60%、船尾が40%」と云う説に従えば、船首造波が約80%減少したと考えられ、大した成果である。 摩擦抵抗係数は5%減となっているが鋲接と溶接の差を修正したものである。 推進効率は、タイタニックは3軸、現世代船は2軸で7%効率改善であるが、最近の高効率プロペラのことは考慮に入れていない。 馬力低下は表によると29%減、船体形状の変化で100年間に馬力が約30%低下したと云う結果である。
100年間で最も進歩したのは主機であろう。 レシプロ、タービン、高圧タ―ビン、燃料が石炭から重油へと進み、タイタニック時代、3軸、4軸を使っていたものが、今は90,000馬力、1軸のコンテナ船が走っている。 Table
1A欄は、参考のために、タイタニック型をL/B=5.9まで太短くし、また、同一馬力になるよう排水量を増やした場合の抵抗内訳を求めたものである。 剰余抵抗は増えるどころか昔型(タイタニック型)より32%減少し、摩擦抵抗も12%減り、排水量は64%増で、所要馬力は同じである。 つまり、造波抵抗研究のお陰で、L/Bを小さくしても馬力アップが無く、積荷が増えることが、計算に現れたのである。 今後、L/Bをさらに小さくして、摩擦抵抗もさらに減らすべく、ますます太短くなるのではないだろうか。
4 クインメリー号と現世代船の比較 (基準船Aのデータ使用)
Table 2 クインメリーと現世代船型 抵抗推進性能 推定計算
Table 2 B欄 は基準船A(Fig.3.1)を使い、クインメリーについて推定計算を行ったものである。 計算結果、現世代船はクインメリーに比し、剰余抵抗係数は41%減、馬力は30%減となった。 クインメリーの性能はタイタニックと同程度のようであった。 クインメリーは航海フルード数0.27、速力28.5ノット(実航海では29−30ノットを出したと云う。)
5 計算基準船、適格度の検証(現存トップレベル船と比較)
Table 3 現存代表船の速力−馬力試算
基準船A(Fig.3.1)、基準船B(Fig.3.2)で、クインメリー号、タイタニック号の性能を推定したが、この基準船が果たして、現世代を代表するかどうか、検証する必要がある。 そこで、現在を代表する船として日本船舶海洋工学会誌、KANRIN
19号に掲載されている船から5隻を選び、基準船のデータを使用して速力−馬力計算を行った。 基準船A(最適Fn=0.29)は8,110TEUコンテナ船、5,400台積みPCC、高速フェリーの3隻、基準船B(最適FN=0.22)で90,000DW
LNG船の主機所要馬力を計算した。
その結果をTable 2 C欄とTable 3 D、E、F欄に示す。 偶然と思えるように、全隻の計算所要馬力は実際の搭載主機馬力に一致した。 従って、2つの基準船の性能は、正しく現在のトップレベルにあると検証できる。 基準船の2隻は、共に30年前の技術レベルによって、20年前に建造された。 現在のトップレベル船は30年前に開発された技術に支えられている。
6 まとめ
19世紀後半、第二次産業革命の影響を受け、急速に発達した船舶は、速く走るために、当初L/B=8位の細長船で、第一次大戦、第二次大戦を経た後も、L/B=7.5位の細長を踏襲してきた。 19世紀末と20世紀初に発表された、ミッチェル、ハブロックの線形造波抵抗理論は暫くそのまま眠っていたが、1960年代からこれを用いた造波抵抗研究が、多くの研究者の熱意により、一斉に花開き、1980年までの20年間に造波抵抗減少設計が全世界に普及した。 世界中の殆どの船が球状船首を取付け、船体前部は造波抵抗理論に従う形となり、その成果は、昔に比し、船の剰余抵抗を約40%減らし、所要馬力を約30%節減した。
造波抵抗が減少するようになってから、高速コンテナ船を除き、L/B=8からL/B=6前後まで。 船は幅広短小化し、建造し易く、運航取扱いがハンデイになった。 経済の進展に伴い、船体巨大化が始まり、航海フルード数は以前より低下し、造波抵抗問題は楽になった。 船舶摩擦抵抗上からは、太短い船の方が有利である。 今後は、肥大化、幅広短小化が、いっそう促進されるものと思われる。
他方、内航フェリー、RO/RO、客船、漁船等は港湾事情等の影響で、船の大きさに制限を受ける。 そして、世のスピードアップ志向から、高フルード数の船がますます要求されるようになった。 この分野では、造波抵抗理論応用の船型改良の余地がまだまだのこされている。 (次頁、−
高フルード数(Fn=0.3-0.45)船型設計コンセプト−参照)
以上で、造波抵抗減少成果は、スピードアッツプ、省エネルギーに留まらず、船の幅広短小化、肥大化を促進し、船価低減、運航ハンデイ化、DW、貨物容積、スペース増大化等、経済成長面で大きく貢献していることを明らかにできたと思う。
−造波抵抗は100年前の昔に較べどれだけ減少したか−
2010年7月下旬
−完− |