各位の主張 

1. 三宮一泰 [K-Senior.1565 ,1999/04/05] 2. 城野隆史 [K-Senior.1586 ,1999/04/17] 3. 三宮一泰 [K-Senior.1722 ,1999/06/28]
4. 大野道夫 [K-Senior.1747 ,1999/07/04] 5. 三宮一泰 [K-Senior.1758 ,1999/07/06] 6. 塙  友雄 [K-Senior.1776 ,1999/07/14]
7. 塙  友雄 [K-Senior.1854 ,1999/08/02] 8. 藤田  実 [K-Senior.1907 ,1999/08/19] 9. 三宮一泰 [K-Senior.1922 ,1999/08/22]

 ESTONIA事故の背景

 ESTONIA事故に関する三宮さん、大野さん、城野さんの論説は興味をもって見守っていました。 次ぎに私の体験から感想を述べます。

 結論として 「何故このような事故が起きたか」は、 バルト海フェリー各社の経済優先の慾求と社会習慣として「バルト海の恐ろしさを甘くみた」風潮が背後にあるものと感じます。

 タイタニックの事故が氷山を甘く見過ごし、 技術者自身が「技術過信」の社会風潮に押し潰されたのと同じ様な例だと思います。  「安全は災害が起こってから強化すればよい」ということが、いつまでも続くのですね。 ESTONIA沈没事故の最終報告書の真意が、教訓として広く汲み取られればよいと思いますが...。

 私の経験を述べれば、1979年頃、船主バイキング、サリー社(ESTONIAを建造した船主)が このタイプのフェリー新造計画を立てた時、シツプブローカーを通じ、 日本で建造する引合いがありました。 私が客船設計に慣れていると云うので、 現地におもむき、建造可能か否か?船主と打合わせたことがありました。

 サリー社から、主要寸法、性能、居住区の定員と各室の所要床面積が指定され、 それに適合すれば後は自由設計とのこと。 それなりの基本計画とGAを事前に作成、 マリエハムにあるサリー本社を訪問、2-3日間、先方の社長と工務担当重役(未だ若い兄弟)とデイスカスしました。

 いろいろと厳しい現地プラクテイスの要求に、日本での建造は無理と感じ、商談は不成立となりました。  そして、このタイプのフェリーはその後、現地で建造され、その中の一隻が船名を変えてESTONIAに譲渡されたのでした。

 当時、船主が述べた初期設計の構想を今思い出すと、船幅は23.5mで制限され、船首ランプドアーの位置が低く(船首乾舷が小さい)、 船主要望の諸室を納めるには異常に大きな上部構造物を必要とする。 それにスタビライザーがない。 (日本のフェ
リーではフィンスタビライザーを装備するのが常識)。

 それでも苦心して、自分で納得できるGAを描き、船主に提示したところ、 「この図面よりも船首、船尾の上部構造をもっと大きくしろ」という要求。  「操船上異常だ!」と反論したところ、次ぎのように説得されました。

  「ストックホルムは古い港町、桟橋は小型船用に造られている。 ところが現在、 バルト海フェリーはサマーバケーションに、一船に3000-4000人の船客が殺到し積み残しの状態。 秋から冬にかけては、客が少なく収入はほとんどトレーラ輸送のみだから、 稼げる時に旅客収入を増やさなければならない。  しかし、船体寸法を大きくするには桟橋の大型化が必要、古い都市の景観を損なう(環境破壊)とみなされて実現できない。

 ランプドア―が付いている部分の乾舷が低いのも、 船幅に制限があるのも狭い港湾のためである。 もし、上部構造が大きくなり過ぎて設計のバランスが崩れるのなら、各室のバス、 トイレの床面積を半分にして設計して欲しい。  ジャンボジェット機のトイレの大きさでよい。 それでも客は文句を云わない。

 公室はデイスコとして使われ、 深夜は皆、踊りつかれて廊下に寝るから、 廊下はオール絨毯敷きとして欲しい、スタビライザーはバルト海航路では要らない。 ヨーロッツパ人は船酔いに強い」。 当時、日本人はエコノミックアニマルと云われていたが彼らの方が一枚上だ! と感じたものでした。

 以上のようなので、ホテルで徹夜してGAを修正しました。 上部構造を前方に張り出すことは止め、客室バス、トイレを縮小、 車両甲板下にも客室を設けた(日本では許されないが、現地では規則がなく、そのように船主のサゼッシヨンがあった)。 修正案に船主はなんとか納得し、マリエハムからストックホルムまで、同社のフェリーに乗船見学するよう奨められた。

 約10,000GT型の西独製のフェリーでした。 バルト海の真中にでると、暫くの間、10-15度の横揺れが続いた。 同行の日本の商社駐在員は船酔いしたが、船客は全員平気、 北欧人が船の揺れに強いので驚いた。 船長、機関長(スエーデン人)は我々に親切に応対、 もてなして呉れた。

 ストツクホルム入港の様子を見学したいと申出て、 操舵室に立ったが、船長独りがバウスラスタ、 CPPお よびツイン舵のリモコンを操作して船は進む。 フィヨルドのような狭い水路を遡って、ストックホルムの岸壁に近付く。  バウバイザーが上げられ、船首ランプドアーが斜めに突出し、 先端に甲板長が立っている。 もし船長が操船を誤り、 船が岸壁のエプロンに接触すれば甲板長は転落すると感じ驚いた。  この時はバウスラスターとランプドアーが連動して動くものとは気付かなかった。

 バウスラスタ、操舵機の力量は日本設計基準の2倍の大きさ、素晴らしい操縦性で、 船は岸壁から数十センチメートル程距離を残してピタリと停まる。 船側の鋼製防舷材は全く錆がでていない、つまり入港時、 船は岸壁に接触しないのである。 停止と同時に船内の車は一斉にスタートし、 瞬く間に車両甲板は空になった。 その凄まじさに驚いたものである。

 船長に「事故はないか?、ポートレギュレーションに入出港時の安全規制はないか?」等質問したところ 、「我々はスエーデン人で、ボスはフィンランド人。  国は違うが共に同じ民族。 あちらは経営、我々は運航、両者の仲は巧くいっている。  我々は先祖代々の仕事、毎日、同じ事をしているのだからどうして事故が起こるか?。  この航路は各港毎に国が異なる。 統一された規則等作れない。 安全は船員に一任されている。  ずっとそのようになっていて、事故は起らない」と云う返事であった。

 そして「ただ、願いたいのは、操舵室から前の見通しが良いのが我々の命である。  もし、あなた方が新造船をつくるなら操舵室を本船の位置より1mでも 2mでも高くして欲しい。 造船所に望むのはそれだけです」であった。  エストニアの写真を見ると、船長の希望どおり操舵室は私が描いたGAよりも、一段高くなっている。  ところが、上部構造の前端壁は当時のサリー社長が希望したように前部まで張り出され、 操舵室が高くなったに拘わらず船首楼甲板の見通しが阻害されてしまった。

 船主の考えとしては多分 「バウバイザーとランプドアーの連動は既に実績があり荷役時間の効率化に取って欠かせない必要な事柄、バルト海の海象は大洋とは違う。  客室が大きくなって、操舵室の視野を遮ぎっても、船員はバイキングの子孫、 航海の安全は彼等に任せば十分である。」と云うことであったのではなかろうか。

 造船所の方も、上記の風潮に押され、 バウバイザーの構造強度計算、ラバーパッキンによる水密等を工夫すれば何とかなるだろうと、 波浪衝撃を甘くみたのではないだろうか。  大野さんが述べた、艤装品はどうあるべきかのフィロソフィーは地域社会の通念の前に消滅し、「技術過信」を産んだのでしょう。

 次ぎに私のバウバイザーと荒天についての経験を述べます。 3年前、六甲アイランド−関西空港間に就航中の699GT型貨物フェリーが大震災の影響で営業不振、やむなく1隻が稚内−礼文、利尻航路に就航しました。 船体強度は沿海区域用としてOK、復原性はIMO基準で十分ですが、諮問を受けた建造造船所は異常波浪によるバウバイザーの破損を恐れ、船主に強く船首荷役をやめることを勧告、 船主もこの意見を入れ、バウバイザー、ランプドアーを補強の上溶接固定しました。  また、ビルジキール増面積補強、固形バラスト搭載、A.R.Tも新設しました。 

 就航後、冬季(1-2月)に横揺れでかなり大傾斜する。 同じ海域の3000GTフェリーは傾いたまま暫起きあがらず、旅客が騒いだ等の情報を受け、 船会社から安全性心配の相談を受けました。 早速、海象調査とストリップ法耐航性計算を行うと同時に、 現地に赴き船長から就航の実状を詳しく聞き取りました。 若い船長ながら、 波浪中で、かなり適切な操船をしていました。

 同海域は冬季有義波高5mを超える場合が屡々あり、完全な不規則波海域です。  船長の報告は線形ストリップ法と不規則波確率過程計算を規則波に置換して重ね合わせた計算と概ね合致するようですが、 異常波襲来時の船体横傾斜はかなり大きく40度に達する場合が時としてあるようです。

 船長は「耐航性理論計算の本筋はわかるが、それは机上計算で、 実際の船体傾斜は天気予報が当らないのと同じく計算は信用できない」と云う意見。  確率過程では過渡的波の予測は難しく、船長は動物的感覚をもって、 異常波を避けているのが実状です。 40度の横傾斜を起こすようでは、 バウバイザーの溶接固定は正しい処置であったと思います。

 船長は云いました。 『船首は大丈夫です。バウバイザーは波浪衝撃を諸に受けるが、波浪をバウバイザーが押さえてくれます。  補強されているので心配しません(入渠中バウバイザーを調べたが損傷は認められなかつた)。 船速は12ktまで落とし衝撃を和らげ、 正面向波として横揺れを押さえます。 心配なのは、 不意に襲ってくる斜め追い波です。 気が付いた時は大傾斜した後です』。 

 このように異常不規則波の多い海象に遭遇した場合の船の有様は、 ピッチングによる船首沈下に異常波の突上げが重なり、 バウバイザーは下方から上方へ波浪衝撃を受け、 また船のピッチングを抑制する作用まで行うという凄い状態です。 それをヒンジの強度で持たせると云うのは難しいと感じました。 バウバイザー付きの船は就航限度の海象と船速を船毎に設定する必要があると思います。

 エストニア事故報告書で バウバイザーが脱落したとき、 「斜め迎波から正面迎波に転針し、そのめに甲板内への海水打ち込みを激しくした。」 と本船の処置を少し非難するように書かれているのは、 斜め迎波になると大横揺れが起こることを忘れた空論だと感じます。 あの報告書は、船舶の遭難をただ機械的にみており、 波浪中航海の真の安全を追求する姿勢に欠けているように感じます。

7.塙 友雄さんの主張へ